ヒシ型バブル2

何を書こうか思案中。

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近未来感がくれる紅白リサイタル

 
セールスマンは言う。この車を購入するきっかけはなんですか?と。どういう選択肢があったかは詳しくは覚えていないのだけど、回答に悩んだことは覚えている。未来を感じるような車に乗りたかったんですよ、ただ、近未来感という選択肢はないですよね?

車を買うにあたって、何を重視していたかを聞きたいんだろうけど、デザインとインテリア?そうですねかっこいいですよね。安全性?そうですね必要です。運転しやすさ?そうですね前の車と比べると格段に良いです...と、こんな調子で肯定しかしない意地の悪い人みたいな状態だった。弁解するならば1回きりの短時間の試乗では、はっきりと意見を持てない、からなんだよ。どれも必要なんです、ええ。

乗り続けてみて、パブリックな場で書けないような超個人的な感想を書くと、音楽が聴けることである。セールスマンに言うとなんだそれは、と、言われそうなのだが、前の車ももちろんオーディオはあった。ただ、エンジン音に負けていたのである。エンジン音とオーディオで総じてうるさい車(改造とかはしていないんだけどね)。

今回はそれがない。あるとき、助手席に人を乗せた。ドライブミュージックを用意してくれたのだが、そのときに初めて音の広がりというか、空間を満たす音色を感じた。スピーカーから音符が出たような気がした。いや、それは本当に。彼のセンスは素晴らしく、ある一曲がそう思わせたのだ(狙ったとは思わないけど笑)。それに気づいてからはドライブに音楽は必須なのである。

さて、出かけますか、と出発準備をするときにミュージックプレイヤーは欠かせない。忘れてしまったときのショックは非常に大きくて落ち込むぐらいだ。音楽の感度は低くて、新しくプレーヤーに落とした曲がいつもあるわけではないのだけど、それでも車で音楽を聴く時間は大事なのだ。音楽に感情を静めてもらうのも、音楽で背中を押してもらうのも。
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ビー・ア・ドライバー

 
車なんてどれも同じでしょ、乗れればいいんだよ。と、思っていたのはつい最近まで。実際のところ、移動に買い物にと、ただ生活に必要だったからである。その言葉通り、その当時乗っていた車の性能としてはそれはもう一般的なもので。ドライブを楽しむような車でもなく、高速道路の上り坂ではアクセルをべた踏みしないと登らないような車だから、自然と登坂車線へハンドルを切っていて。それでも、登坂車線に移動するような機会はそうそうないから、それで不満もなかった。しかし車検まで半年近くと迫り、10年目を迎えようかとしていた車に乗りながら、どうしようかな、と考えていた。

そんなぼんやりとした考えが一転したのはある日のCM。衝撃を受けた。このデザイン、好きかも!。買わなければいけないと思ったあたりから、不思議とアンテナの感度がぐっと上がったようで。こんな車に乗りたい、あんなことしたいと一目ぼれした車を基軸にして情報を集めた。しかし、超えるような車に出合えず。すぐに試乗して車検までの再考期間にした。

そうして夏も過ぎ、山肌の景色が変わる頃だ。思考を大きく乱す潮流の変化はなく(本当はちょっとあった)、改めて試乗と検討をした。結果的にもう一回り小さい車にしたのだが、それでも充分過ぎる性能で車に乗ることが楽しくなった。人を乗せたくもなった。

車を決めてからある事情あって旧モデル車、最近ブームを起こした軽自動車と一時的に乗ることになったのだが、乗り心地や加速、エンジンの静音が全く違う。愛着も生まれたようで、この車が生活の一部になっていることに満足しているのである。休日のお出かけが楽しくなるのはこの車のおかげである。
 

カニとか焼肉とか

 
上海へ旅客船が就航し、片道7800円で海外に行けるようになりました。海外旅行がぐっと近くなったものですね。片道7800円は旅行の選択肢の一つになりそうです。予定はないですけど国内旅行よりも安くなるわけですから候補には挙がりますね。

前回の海外旅行といえば、韓国・釜山。韓国に行ったのは料金の安さもあったからでもあります。それ以来、海外には出ていませんが、旅先で思い出は強く残るもの。今でも強烈に残る思い出は、ホームで突っ立っているときに、ものすごい早口の韓国のおばさんに話しかけられたことです。私から線路に飛び込みそうオーラが出ていたのでしょうか。なぜ、私に話しかけられたのか今でも謎であります。それぐらいのなんてことのない思い出でも海外という帯を巻けば、貴重な経験となるもの。海外旅行の醍醐味はそういうところかもしれませんね。

とにかく、またひとつ海外が近くなりました。東京に行くより海外が安いなんてね。
 

右に見えますのが

 
何から伝えればいいのかわからないまま時が流れて、と、聞こえそうになるぐらいにどうにも余裕がなかった日々。でも、ちょっとだけ余裕が…というわけで、トレンディな内容は全くないですけど、お伝えする機会ができました。振り返ってみましょう。

少し前ですけれど、軍艦島に行ってきました。と、その前にヤタロウ。
     なぜ、指をさしているのかわからなかった。
軍艦島へは周回船しか出ていないので、気まぐれで訪れる場所ではありません。また、島に自由に入ることができません。勝手に上陸しちゃうと不法侵入になるとかならないとか。観光資源としてなる以前は島への侵入が絶えなかったようで、外国の人も侵入したとか。なぜわかったのかは、上陸の証だったのか他言語でペイントがあったとのこと。建造物に落書きは万国共通のようです。成し遂げたことによる高ぶった精神がそれを駆り立てたのでしょうか。話は逸れましたが、観光資源となった現在でも立ち入りを規制している軍艦島は、炭鉱で栄えた町。この島で採れる純度の高い石炭は価値の高いものだったようで(その名残か、観光船の名前は“ブラックダイアモンド”)、この島が一時期、世界最高の人口密度であったという歴史があります。今では産業遺産となり、遺産(廃墟?)に興味のある人には、期待に胸ふくらませる船旅の始まりだったでしょうが、この小さな船による旅には悲劇が。
          このあと、黒船の悲劇
この日は、雨模様で風も強く、波もありました。そのために行きとは違い、乗客のほとんどは帰りの船では無言でした。船内に流れるガイドビデオが船内の雰囲気とは違うトーンで流れていたのを思い出します。期待ががっかりに変わってしまったからかもしれません。揺れる船上でバランス崩すことなく姿勢よく立つ海の男がたくましく見えました。
     見えてきましたよ
私はというと、写真を撮るので精一杯で。雨も降り出したものですから、カメラをとっかえひっかえしながらあーだこーだ撮影することで船酔いを多少忘れていました。多少、ね。
           最後部あたり
そもそも軍艦島はと、これ以上は語ることはできないので、詳細はwikipediaを参照していただいて…とにかく、実物は崩落している箇所があるものの、想像よりも産業遺産としてきちんとは残っているものでした。廃墟の聖地とも言われますが、褒め称える言葉なのかそうじゃないのか。
     揺れているのがわかるでしょ?
アクシデントで結局上陸できず、帰路につきました。前述の通り船内は重い空気。帰りの時間は長く感じられました。上陸の機会を失ってしまった上に、過激な船旅は記憶に残るものになりましたが、まぁ…機会があれば上陸したいですね。機会があれば、ね。
 あいにくの天気でした

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Author:ヒシ
花を追っかけて。食物を追っかけて。移り気のある男でございます。




 
 
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