ヒシ型バブル2

何を書こうか思案中。

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夕焼けポストカード

 
雨が降っている。今日は洗濯しようと思っていたのになぁ。

ここ最近、気持ちの不調和というか思い通りにいかないことが続いている。布団に包まってもう少し夢の世界へ戻る。しばしの夢の世界からからふと目覚めてみると...晴れていた!なんてことはなく。もう諦めろと言われているようだ。諦めてちょっと遅くなった朝食を用意する。トーストにスープの軽めでいいのだ。あんこがベースのジャム(?)を塗りながら、ちらりと時計を見て心と相談して予定を練る。うーん、変化が欲しいな!心を静めるためにも、気になっていた場所へ出かけることに。用意を済ませ、車に乗り込み、アクセルを踏む。

DSC_0046.jpg 絵画は詳しくなくて、作者がどんな人かも 知らないわけだけど、なんというか宣伝ポ スターに心魅かれたという単純な理由で美 術館へ。解説の経歴を読みながら並べられ た作品を見る。前にいた人には離され、後ろにいた人には抜かれ...そんなペースで見ながら直感的に好きな絵を探す。作者の経歴を読むとともに、自分の好きに訴えているか確認しながら展示を巡る。うん、花や植物と人物のモチーフ、きれいだ。

出口のグッズ販売では何枚かのポストカードを買う。そういえば部屋にあるポストカード入れはもう随分前から入れ替えていなかったなぁ。これと、これ、ああ、これもいいなぁ。これも余白が良い味だ。そんな選び方をして展示を出ると、なぜだか少し気持ちが晴れているように感じた。
DSC_0043.jpg
屋外の庭園に出る。いつの間にか雨が上がっていた。時計を見るとかなりの時間いたみたいだ。ふっと息を吐いて港を見れば夕焼けがあった。明日は晴れるらしい。
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平日にも休日にも種を植える

 
仕事で疲れると複数ある休日のうち、1日は何もしないということは多くある。翌日はこれじゃいけないと自分を律して、目当てなく出かけたりするのだが、それは大体がノープラン。収穫なかったなぁ…なんて思う休日も少なくはなかった。

だが、その出かける前の休日は何もなくても大事なのだとある日気づいた。某有名人は嫌なことがあったときはどうするか?の質問に対して、外で誰かに話すとか発散するタイプの解消法ではなくて、その嫌な感情にとことん付き合う、という方法をとっているという。ああ、なるほどと感心し、自分の行動に合点がいった。無意識の付き合いがひと段落して、翌日に出かけるのだ。これに気付いたとき、自分ながらに何もしない休日の1日は無駄じゃなかったと思ったものだ。まあ、時間は無駄にしていたのだが。

その無駄な時間は多いけど、無駄じゃない日を「明日へつながる種を植える日」としよう。そうそう、平日にも少しずつ植えておけば、無駄な時間は少なくなってもっといい休日にできるはず。ブログもそう。種を蒔けるうちに蒔いておけば、記事を自分なりに成熟させることだってできるかもしれない。枯れることもあるだろうけど。気づいてしまえば、対策はとりやすいものだ。
 

いつの間にか啓蒙活動

 
文章の書き出しはとても重要である。報告書は、一目して何を書いているか理解できるわかりすさが大事なんだそう。そう教わったわけであるが、一方でこのブログ、新規投稿には真っ白な画面をぼんやり見つめては何も書けなくて、数十分経過させているのである。無意味に「記事を下書き保存しました」だけが空しく更新されるわけだが、要するに苦手なのである。ついには何も書けないしもう止めた、または少し書いて止め、下書きのまま保存し結局表に出さないことも履歴を見返すと多々ある。ブログは報告書の場ではないし、自由な場で極端なことを言えば分かりやすさを全排除できる場でもあるのだが、それでもブログを書くということに対してモヤモヤとした何かがずっとあった。

その点、twitterは140文字の制約の中で省略して書けるから楽であった。ただ、自身の核となるような部分は書きづらい。以前、そのことで失敗したことがあるからではあるのだけれど、それを除外しても書きやすさという意味では他のツールと比べて突出して優れているように思う。また、話し言葉で通じるツールだから基本的に独り言になってしまってもいい、というのが自分にとっては最適だったんだろう。

ブログは書き手によって自由な形式と表現ができる場所なのだけれでも、いつの間にか書き手の自由ということに捕らわれて恐怖とか躊躇が身につき、書くのめんどくさくいになったんだろうな、とは思う。まさしく、めんどくさいやつである。生み出す言葉が自身の気持ちと同じか、また言いたいことはどの部分か、そこに至るまでが適切に記されているかを擦り合わせていくうちに本当に気持ちがすり減ってしまっていたのだろう。本来、こういう場所は向いていかったんだろうな、と今更思う。

モヤモヤが続いていて、今となって前に書きかけたものを書き直しをしたわけであるが、きっかけとしてはなんだったろうかと考えた。わかったことは知ってもらいたいだった。ずいぶん厚かましいということになるのだけれども、記事の書き直しが繰り返されていることを考えると気づかなかっただけで昔からあったはずなのだ。気づかなかった、というのは可笑しな話ではあるが、実際それだけ鈍かったと認めるものである。ブログを書くとはどういうことか、から転じて伝えたい気持ちとは何なのか、までつながるまでの期間は少し長かったけど、今後少しずつ出していけたらと思う。
 

ヲトメ、あふるる

 
何の変哲もないメモ書きにこう言われるのである。
「ヒシさんの文字は乙女チックですよね。」

何か意味を込めたメモでもなく、ましてやイラストを入れたわけでもないが、言った本人は直感的に何かを感じたからこそ、ごく自然に冒頭の言葉を言い放ったのである。笑顔で、無邪気に言った様に、僕は内心焦り、「今度からミミズが這ったような字を書きますね」と、とっさに返した。だが、その後、ミミズが這ったような文字とはどんなものかを考えることになり、少しミミズ文字を練習したものの、書くスピードなど考えてあまりの効率の悪さに気付く。よって、今後もにじみ出るヲトメチックは隠さずに(隠せずに)、書き続けていくわけである。

文面から溢れるヲトメチックがあるとして手紙を書くときは、ごきげんように始まり、かしこで終わる書き方をしたほうが、総合美を考えると不自然さがないのである。しかし、「ごきげんよう。庭のひまわりがうだるような暑さが続いておりますが...(以下略)」などと書くと、当たり前だが見た目と符合せず、不自然すぎるヲトメとなるのである。いわば、笑点でおさげのカツラを被ったお師匠さん程度のヲトメ模様となり、失笑は必至。またなによりもヲトメのメッキはすぐに剥がさないと、自分が窒息してしまうのである。

*******

時節柄、お世話になった人へ手紙を書くつもりである。ヲトメチックは込めないつもりであるが、あふるるヲトメは伝わってしまうのだろうか。
 

そうだ、ブログを書こう

 
久しぶりの記事です。

2014年です。2013年は季節の移り変わりもよく覚えていないほど駆け抜けたこともあって、昨年はサインインさえしなかったような気がします。

そうそう、2012年最後の記事(ここから書いていなかったなんて驚き!)に登場した友人は結婚をし、今年の年賀状に「次はおまえの番」と、書かれ、改めて自分の年齢も含め、身の回りのことを考えた年始でした。話せば長くなるので深くは書きませんが、いろんなことを考えなければいけない年でしょう。

ブログは心機一転、更新は不定期。
そんなブログですが、どうぞよろしく。

 

こんにちは年末

 
久しぶりのご挨拶は2012の年末となりました。
慌しい・・・は、毎年言っていますがそんな中でも元気でやっております。

今年は出会いもあり、別れもありで様々な経験をさせてもらいました。
「2年ぶりに電話した」と、決して心情的に遠くもなかった友人から電話をもらい、ああそんなに電話していなかったのかと内心思いながらの電話は、会おうとか強い約束もない互いの近況報告。

電話の最後に会えたらイイネ!とは言うものの、それがなくて2年ぶりだもの。互いの積極性がなければしばらくないだろうね。広島から三重は距離的に遠くなったよ、友人よ。でもそれでもいい。

その友人から年賀状を毎年もらっていた。今年も・・・くるかな?自分はどうも後だしになりそう。だって未だに下書きすらない。来年はヘビだねぇ・・・ヘビ、ヘビ。

さてもう少しある猶予で考えてみますか。
 

春節分

 
              ゴージャス龍三匹

春節に行ってきました。二度目の正月です。といっても文化の違いを認識しているつもりなので、幕開けだ!という感じはしないのですが、毎年恒例となっている干支ランタンオブジェを撮影をするために行きました。

今年の干支は龍ですが、元から中華街は龍のオブジェは多いのでやはり龍が一番しっくりくるように思います。僕個人の主観ですけれど。

今年は春節期間に節分があり、いろいろと(他文化も含め)行事が詰まって風習・習慣を肌で感じているのですが、今年の節分は一味違いました。大豆の代わりにバターピーナッツで豆まきをしたのです。

いやいや、大豆がないのに「習慣だから!」と迫られても・・・。と、内心思って正義感と急に生まれた多様化習慣が折り合わないままだったのですが、結局撒きました。大豆需要があるんだから早めに買っておこうね。形式鬼は内にいる。などと、形式だけの豆まきに願いとグチとを複雑に織り交ぜながら、おもしろ節分を体験しました。

後で調べたのですが、節分に落花生を撒くところもあるのだとか。なので、バタピーを撒くことは多様な習慣からは外れていないのかもしれません。ですが考えてバタピーにしたわけではなく、感性でバタピーを選び、バタピーを撒くという乗り越えなくてもいい壁を越えてしまったので、来年撒くものはもう豆ではないかもしれません。

ちなみに「バタピーを歳の数食べる」は、遠慮させていただきました。
 

ななくさ

 
七草。

言っちゃいけないんでしょうが、明けて一週間が経ってしまいました。早いものです。今年は正月らしい正月を過ごせませんでした。今年は季節を忘れそうな忙しい年になりそうだなぁ。ということで、今年は自分を大切にします。今年もよろしくおねがいします。
 

良いお年を

 
さてさて年末。

今年の掃除はいつもの年末大掃除の6割で満足するようにしました。日々の掃除より少し念を入れた程度でした。今年を振り返ると、私生活は荒れていてその有様を如実に表したのが部屋の様子。だからこそ年末こそは!なんて思うところですが、目標水準を高めることなく2011年は終わります。今年はこんなもんさ。

今年もブログを無事に終えることができそうです。今年は休止期間も挟みました。その後、さらりと再開しましたが、今回はちょっとした理由で誰にも再開のお知らせをお伝えすることはしませんでした。それでものぞきに来てくださったみなさん、どうもありがとうございました。

ではでは良い年を。みなさんにとって、来年は良い年でありますよう。
 

しょちゅうーおみまいもうしあげますー

 
ごぶさタンゴ。

なでしこもスペースシャトルも宇宙飛行士も横目でちらと見ながら、ヒイヒイ言いながら科学を追っかけて。ふと気づけば、世間から取り残されたロンリー感だけが部屋の一部をここ数か月、占拠していたアイロンをかけ損ねた長袖のシャツと共にそこにあったりします。意味がワカラン!とか言わないでネ。きっと暑さが私を狂わせているの。(天候のせいにした!)

久々の更新でした。また改めてごあいさつをしたいと思います。
アデュー。

しづかさやいわにしみいるせみのこえ

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Author:ヒシ
花を追っかけて。食物を追っかけて。移り気のある男でございます。




 
 
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